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topic:忍者 アドベンチャービタミン~Yu-ponの日本旅行のヒント~

公開日: 26 Sep 2016| 更新日: 20 Jun 2025

有名忍者衆③:戸隠

戸隠流と真田忍者

yu-pon ninja togakushi

 戸隠流といわれる忍術は、修験道を通じて発展し後に関東甲信越地域の大名に用いられました。

戦国時代特に甲斐の武田信玄は「すっぱ(透波、素破、透破)」または、「らっぱ(乱波)」と呼ばれる忍者集団を駆使して戦国一の戦闘集団を作り上げていました。伊賀・甲賀では忍びと呼ばれたのと呼び名が異なります。

 「忍ぶ者」、忍者の忍の漢字は、心の上に刀がありますね。忍は忍者の基本的な規律を表しています。危険な任務遂行において常に冷静沈着である必要があります。

「すっぱ」の意味は”隠されていたことを、明らかにする”という意味です。つまり敵の情報を獲得することに由来します。戸隠流の忍者の名称は、雇主の大名からの実用的な名称になっているのです。

 戸隠の中心的存在である戸隠神社は、西暦800年代半ばに、「学門」という僧が、竜の九頭九尾を持つ鬼を法華経の功徳により岩戸に閉じ込めた伝説が残っています。これより推察できることは、平安時代初期から天台密教と真言密教と神道が合わさった山岳信仰の聖地であったという事です。

 鎌倉時代には比叡山・吉野山に匹敵する霊場として宿坊の数が三千坊といわれていました。ここでの忍者の始祖の仁科大輔は、平安時代末期、戸隠で修験道を修行し、木曽義仲に仕えたといわれてます。

 そのため武田信玄配下の忍者には修験道の僧兵が集団の長(おさ)として仕切っていたともいわれます。武田氏が織田信長に滅ぼされた後には、真田氏がその忍者集団を雇用する事になりました。

 真田氏は信濃の国の豪族、滋野氏を構成する海野・望月・祢津のうち、望月からでた一族です。しかし、この望月氏は甲賀の有力忍者望月の本家筋となっています。忍術の交流は頻繁にあったようで、女忍者「くの一」として有名な「ののう」軍団は甲賀望月から本家に嫁に来た望月千代女が信玄の命で作り上げたものだと言われています。

 また、戸隠山と連続する飯綱山も飯綱権現を祭る修験道の聖地として有名で、天狗伝説がうまれました。武田信玄と両せられる上杉謙信の信仰の対象は毘沙門天・摩利支天と飯綱大権現であり兜の前立としてこの飯綱大権現の印、カラス天狗を用いました。

 特筆すべきは、行者千一太夫が権現から授かった飯綱法です。菅狐(憑き物)と呼ばれる竹筒に隠れるような小動物を使って、飯綱原始忍法または妖術であります。

大きさは、地ネズミやイタチほどで、人に取り憑きその精気を食らって祟り殺す力を持ちます。

くだきつね

 その一方、使い魔や式神のように使役することもでき、彼らを崇敬し守り神とすれば、人間に仕え、術者に富を与えるために働いてくれていました。この忍法は広く武士や忍者を魅惑し広まっていきます。甲賀にも伝わったのも有までもないですね。

 ゆーぽん(Yu-pon)は飯縄の法とバリの黒魔術の間にある類似性に気づきました。

 バリ島のブラックマジックもブラックマジシャンは、呪いをかけるときに夜中に森の泉に行って小動物に一度自分の魂を移してから呪いをかけるといいます。小動物を使うのはまるっきり一緒です。

また西洋の魔女や魔法使いには手下となる小動物がいますよね?(「使い魔」「ファミリアー」って言うみたい)

 バリ島の新聞「デンパサール・トリビューン」では、年に1~2回、黒魔術師が棚田で火の玉を投げ合う様子が記事として掲載されています。バリはブラックマジックやホワイトマジックに関する祭りで村人のトランス状態をYouTubeで検索してみることもできます。
(興味があれば、少し怖いですが探してみてね)

修験道について

ここで、修験道について説明したいと思います。

 戸隠は農耕もままならぬ奥深い山中にあり、忍術を駆使する可能性は修験道の山伏にしかありませんでした。修験道の始祖は役行者(AC634-701)で10代の時に仏教を学び、深山幽谷での験(しるし)を得るために入峰修行を金峰山で長年続け、釈迦・観音・弥勒の三仏が蔵王権現という神の姿を感得しました。この神仏一体となった蔵王権現が過去・現在・未来の世界を救済するという考えが多くの人を引き付ました。

 山谷を歩き回り自分の心身を使って限界まで修行する修験道の行者を修験者または山伏といいます。験力を獲得した山伏は護摩を焚き、雨乞い、病気治癒の加持祈祷をはじめ、衆生の願いにこたえて活動していました。

国際日本文化研究センター 「聖護院入峯」 著・江馬務/画・中島荘陽:参照元 こちら

役行者の超能力は「続日本記」に述べられており、海の上を歩いた、空中を浮遊した、鬼を操った、という呪術の記録があるそうです。

 事実、無実の罪で大島に流されていた時(690-700)に、岩手県山田町山之内に現れ、色々不思議を見せた後「あの丘の高台に居住地を作り住めば、津波から守られる」との指示をしたとの伝説があります。村人はその教えを1300年間守った結果、2011年3月11日の東北大地震時の津波では被害はなく無傷だったということです。

 昭和の初期までは、山伏の大道芸として人探しや失くしたもの探しなどがありよく当たったといいます。

Yu-ponは、誰もいない山の中で自分を律し生き抜くためには第6感を含め肉体・精神の潜在能力が発揮されなければ生き残っていけなかったことを察しました。 山伏修行から得られる経験は忍者の基本的な能力として受け継がれていると思います。

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